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没個性テーマパーク:EXTRA

Wait a minute, wait a minute. You ain't heard nothin' yet!

ブログと改行

雑念

改行

 この地球には既に、その総人口よりも多い数のブログがあるのかも知れない。あっちもこっちもブログだらけだ。一日一回インターネットをやって、検索したら検索したで、必ずどこかのブログにぶつかる。GoogleだってYahoo!だって検索すりゃいくらでも出てくる。ブログってのは、文章量が多くない方が読みやすい、少ないと物足りない、文体が気になる、句読点や記号の使い方が気になる。だが、ぶっちゃけ一番気になるのは改行だ。改行はあるに越したことはないだろうが、あり過ぎると鬱陶しい。スクロールする時間が掛かって俺の人生の時間を消費してしまう。お前の人生も。どうでも良い改行は控えて欲しいものだが、読みやすいブログの条件として改行が多いことも大事だとか何だとかどっかのキュレーションサイトで読んだ記憶がある(まあ、その記事ですら改行が多過ぎてまともに読めたものじゃないが)。改行は文章の読みやすさに絶対的に必要なのは理解するが、それってのはある意味で鑢と一緒で使い過ぎると滑らかになり過ぎる。文体が、文章が、滑(なめ)ってしまうのだ。ブログなんて承認欲求を満たすためにやってる奴ばっかりで、自分がよく見られたいと思っているに違いない……なんて、これも邪推かも知れない。ただ、考え過ぎなのかも知れないが、全体でいえば承認欲求の奴隷は30%はいるんじゃないか? そういった輩が改行に頼ってるんじゃないか? 読みやすさを改行で演出してるんじゃないか? 誰にでも読みやすくって、それは迎合じゃないだろうか。承認欲求を満たすために改行を消費しているのだ! きっとそれは、無意識のマジョリティだよ。だからこそ俺は、意識的に改行の使い方をそれなりに考えていきたい。使わなければいけない時は使うが、基本的には使いたくない。使わないことによって文章が読み辛いなんて印象を与える可能性がある──いや、ほぼ確実に読み辛くなるだろうし、長い文章を左から右に読んでいると、次の行に行った時に自分の目線がどこにあるのか分からなくなることだってあるのだ。そうなると、リーダビリティの観点からならば完全な劣等であるといわざるを得ないだろう。ただ、改行を遣わないことにも利点はあるのだ。改行がないことによって、ある種のドライヴ感を演出することが出来る。文章を読む気持ちよさや、疾走感、それから達成感に似た読後感を演出するのであれば改行を敢えて使わないのもありだ。ただ、毒を食らわば皿までということで改行を遣わない行為に溺れてしまうと、それはそれで毒にやられてしまうのだ。だったら、改行は薬でもある。反面、麻薬でもあり、一服の清涼剤で世界の調和を守るもの……なんてこともいえるのかも知れない。しかし、やっぱり改行を浪費し過ぎるブロガーが気に喰わない。

 世の中には消費したら無くなる物ばっかりで、紙を作り過ぎたらパルプが無くなるだろうし、牛肉を食べたら牛は減るし、蒸発したら水は無くなる。無限の物はないのだ。改行も遣い過ぎたら無くなるかも知れない。だったら、少しは節約しなければならないだろう。俺はそんなに改行は遣わない。これはエコといえるのかも知れない。素晴らしい。改行の奴隷開放宣言。きっと、この文章も読み辛いだろうが、改行の浪費はしていないのだ。文字数の消費はしているだろうけど、文字はいくらあっても構わない。勝手に湧いてくるのが文章ってやつだ。今も広がり続けている宇宙と一緒。もしも改行が羊だったら、改行を遣うことは羊をジンギスカンにする行為と近い。俺は動物が好きだから、改行を保護しよう。この文章では改行を遣わない。そうすれば、世界の改行が多いブログに真っ向から勝負が出来る。ブログはブログ、似たようなブログは沢山あるが、改行の遣い方が同じブログは無い。世の中の殆どのブログと対立して、俺は改行を減らしていこうと思う。改行が遣えなくなったら遣えなくなったで、それはそれで悲しいからな。羊がいなくなったらジンギスカンが食べられなくなる。それもそれで悲しい。

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